映画「ケイコ 目を澄ませて」を観て

異例の大ヒットを続けている映画。女性プロボクサーが主人公の映画です。『ケイコ 目を澄ませて』。事実を基にした、フィクションです。海外で高い評価を受けています。日本でも、日本アカデミー賞、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール等で、多くの作品賞、監督賞、女優主演賞等々を獲得しています。では、あらすじを紹介。


ケイコには生まれつきの聴覚障がいがあり、両耳が聞こえない。嘘をつけず、愛想笑いが嫌いだ。彼女は、下町のボクシングジムで鍛錬を重ね、プロ試験に合格。デビュー戦を勝利で飾り、第2戦を間近に控えていた。毎朝10kmのロードワークをこなし、昼間はホテルの清掃の仕事をする。その後、ジムに出かける毎日だ。

試合の日がやってきた。苦戦するが、わずかな差で勝利を収めた。母が試合を観に来ていた。試合後、母は「いつまで続けるつもりなの?プロになれたことで、十分すごいよ」と声をかけてきた。

ある日、会長のもとに、記者がケイコについて取材にやってきた。「彼女に才能がありますか?」と問いに会長は「才能はないなぁ。でも目はいい。そして彼女は人間としての器量があるんですよ」と応える。そんな折、会長の健康を理由にジムが閉鎖されることが発表された。次の試合が、このジムでの最後の試合になる。ある日、ケイコは次の試合のための練習に励んでいたが、会長が倒れたという報せが入った。

命に別状はなかったが、脳に腫瘍があり容態は芳しくない。

(以下、物語の結末まで書いています。これから観る方は、読まないほうがいいと思います)

ついに試合の日がやってきた。会長はその試合を妻と共に、配信で見ている。

試合中、相手に足を踏まれて倒れたのをダウンに取られた。ケイコは激しく抗議するが認められない。リズムが狂い、相手のパンチをもろに受けダウン。立ち上がることが出来ず敗れた。

試合からしばらくして、ケイコは河川敷にたたずんでいた。誰かが近づいてきた。土木作業員の格好をした女性だった。すぐには誰だか気付かなかったが、前回の対戦相手だった。顔にはまだ傷が残っていた。「ありがとうございました」と彼女はケイコに挨拶し、去っていった。

そのうしろ姿を見送り、ストレッチを少しして、ケイコは再び走り出した。


この映画は、コロナ禍でろう者が生きていく様子を描いた映画でもあります。ケイコはホテル清掃をして生計を立てています。働くには互いのコミュニケーションが必要です。ろう者は相手の唇の動きを見つめることで、何を話しているかを読み取り、意思疎通を図るときがあります。しかしマスクをしていると読み取れず困ります。「そうか。そういうことか」とそれまで気づかなかったことを私は恥じました。私は以前、3年間ですが特別支援学校に勤務していたことがあります。合理的配慮とか、少しは理解しているつもりでしたが、ダメですね。コロナ禍になり、疑いもせずに「マナーだから」とマスクをし続けましたが、それがいつでもどこでもどんなときも、正しい行いではないのだなと思い知りました。

ケイコは何故、ボクシングを続けているんだろう。ゴングの音もセコンドの支持もレフリーの声も聞こえない。危険だ。才能があるわけでもない。チャンピオンになれるわけでもない。勝利の先に何があるわけではない。先の見えない不安に、耳の聞こえないケイコは目を澄ませています。黙ってじっと目を澄ませている表情が印象的です。

彼女がボクシングを続けている理由はなかなかわかりません。簡単にはわからないように映画が作られているように思いました。外国では”SMALL, SLOW BUT STEADY”という題名で公開されています。これこそ、ケイコを理解するためのヒントのように思えます。「徐々にゆっくりと、適切な距離感をもち彼女を見てほしい」とこの映画は語っているように思えました。

おうちカフェ さんちゃん

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