「なにかありましたら…」という言葉
「なにかありましたらお知らせください」の類の言葉、日常生活を過ごすうえで、誰もがしばしば耳にします。「なにかありましたら」とは、つまり「どの程度の異変が起きたら、お知らせすべきか」を自分で判断するということです。今日はそんな話しをします。
先日、頭部のMRI検査を受けました。定期的なものです。ベッドに仰向けに寝て、チューブのような機械の中に入っていく検査です。検査前、ゴムで出来た小さなゆで卵のようなものを渡され、「なにかありましたら、これを強く握ってください」との指示を受けました。「なにか」というのは、多分、狭い閉所が苦手な方や「トントン、ガーガー、ギュワンギュワン」のあの音に耐えられない方のための状況を指していると思います。
さて始まりました。30分位の検査です。15分位までは順調でした。そして突然、とても些細なトラブルが起きました。
鼻の頭が、とてもかゆくなりました。ひたすらかゆい。かけば事足りますが、「体を動かさないように」との指示を受けていますし、軽く拘束されています。「どうしよう?」と思いました。ゆで卵のようなものを強く握ろうか。でも、鼻の頭がかゆいだけで握ってよいものか悩みました。「我慢してください」と言われるのがオチだと思いました。何より、こんなことで検査がやり直しになったらとんでもないです。「かゆくないよ~、全然かゆくない、OK、OK」と自分に言い聞かせることで乗り切りました。
その日はお店の定休日でした。病院のあと、髪を切りに行きました。
散髪のあとのシャンプー。「どこかかゆいところはありますか?」と聞かれます。私は「あります」と答えたことがありません。あっても「ありません」と答えます。多くの人が、そうしているのではないかと思います。シャンプーを洗い流していて、口に水が入り、「あびばべん(ありません)」みたいな発音になってしまうことがありますが、詮ないことです。
「あっ、これはMRI検査の一件と似ている」と思いました。言わずもがなです。「あります」と答えたら、場所を知らせる必要があります。「もうちょっと右、あっ、行き過ぎ。そして心もち下かな」とか言うのでしょうか。店員さんに、自分の頭の上でUFOキャッチャーをしてもらうようなものです。申し訳ない気持ちになってしまいます。
案外、「なにかありましたらお知らせください」という言葉は、我慢強い人の美徳に支えられているのかもしれませんね(そんなことないか)。
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