短編小説『夏の葬列』について
夏の暑い日、道をトボトボ歩いていると、小説『夏の葬列』(作者 山川方夫 1958年)を思い出します。あらすじを紹介します。
田舎の小さな駅で下車し、彼は周囲を眺めた。「随分と変わってしまったなあ」。彼は戦争末期、疎開児童として、ここに3か月程住んでいた。時は流れ、そんな彼も今は就職をし、出張帰りのサラリーマンだ。夏の真昼。時間に余裕があったので散策をすることにした。
見覚えのある丘にさしかかったとき、彼は足を止めた。畑の向こうに、小さな葬列があった。
彼は十数年前に自分が戻った気がした。そのとき彼は、真白なワンピースを着た、同じ疎開児童のヒロ子さんと葬列を眺めていた。ヒロ子さんは2歳年上の5年生。弱虫の彼をいつも庇ってくれた。ヒロ子さんは「お葬式に子どもが行くとお饅頭をくれる」と教えてくれた。彼は「競争だよ」と叫び駆け出した。
するとそのとき、爆音と炸裂音が響き、爆撃機が来襲した。彼は恐怖で畑の中に倒れ込んだ。別の人が「その女の子、走っちゃだめ。白い服は目標になる」と叫んだ。彼は『白い服はヒロ子さんだ。ヒロ子さんは撃たれて死んじゃう』と思った。彼は土に頬を押し付け、息を殺した。
するとヒロ子さんが来て「早く逃げるの」と彼に言った。彼は『ヒロ子さんと一緒にいたら殺されちゃう』と思った。彼は「向うへ行け。目立っちゃう」と叫んだ。彼は、ヒロ子さん突き飛ばした。そのとき強烈な衝撃があった。彼は、ヒロ子さんが、ゴムマリのように弾んで空中に浮くのを見た。
眼前の葬列は、あの日の光景に似ていた。彼は、自分には夏以外の季節がなかったように思う。殺人を犯したあのときの記憶だけが、自分を取り巻き続けている気がしていた。
ヒロ子さんは重傷だった。だけど彼は、ヒロ子さんのその後を聞かずに町を去った。翌日に戦争が終わったからだ。葬列が彼のほうに向かってきた。彼は、棺桶の上に置かれた写真を見た。その写真には昔のヒロ子さんの面影が残っていた。30歳近くなったヒロ子さんの写真。『俺は、人を殺してはいない』。彼は胸に湧き上がる喜びを、懸命に抑えた。
彼は葬列のあとに続く子どもに「この人、何で死んだの?」と訊ねた。するとその子は「川に飛び込んで自殺しちゃった」と答えた。続けて彼は「失恋をしたの?」と聞いた。その子は「違うよ。このおばさん、もうお婆さんだよ」と言った。彼は「お婆さん? あの写真は30歳位だろ?」と言うと、別の子が答えた。「昔の写真がなかったの。一人きりの娘さんが、この畑で、機銃で撃たれて死んだ。それからずっと気が違っちゃったの」。
彼は『この2つの死は結局、俺のなかに埋葬されるしかない』と思った。そして『夏のあの記憶を追放し、自分の身を軽くするためにこの町に来たのに』と心の中で本音を漏らした。
やがて彼は、駅に向けて歩き出した。そして『俺のなかで、ずっとあの夏の記憶が、一つの痛みとして蘇るのだろう』と思った。『もはや逃げ場所はない』という意識が彼の足どりをひどく確実なものにした。
彼は罪の意識を抱え生きています。そしてヒロ子さんの葬列だと勘違いしたときは、心中で喜び、一時、罪の意識からも解放されました。そこに友人の死を悼む気持ちはありません。しかしその直後、彼は残酷な真相を知ります。今後も訪れる心の痛みを覚悟し「もはや逃げ場所はない」と思います。
この作品の主題は、人間のエゴイズムだと言われます。確かに、そのときの彼の行動や考え方は褒められるものではない。人間は極限状態のとき、残酷な本能を見せるのでしょう。でも誰が彼を非難できるのか。
私は一人の少年をそのような極限状態に置いた戦争という愚行を責めるべきと思います。幼い子どもが加害者になってしまう惨い物語ですが、そもそも戦争がなかったらこの悲劇は起きなかったのです。
彼は、あの夏の日からずっと「罪の意識」を抱えながら必死で生きたのでしょう。私は彼を責める気はしません。各個人を被害者とか加害者に振り分けることは、ときに愚挙であると思います。
今日の切り絵のシルエットは使い古しのカレンダーの写真を使用しました。些細なSDGsかな。
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