直木賞受賞作『木挽町のあだ討ち』を読んで
最新の直木賞受賞作『木挽町のあだ討ち』(作者 永井紗耶子)を読みました。しみじみとした物語でした。同時に秀れたミステリーです。ではあらすじを紹介します。
雪の夜、木挽町にある芝居小屋の裏通りで仇討が行われた。若い娘のふりをした菊之助が、近頃悪い噂が絶えない作兵衛にこう言い放った。「我こそは伊能清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇、いざ尋常に勝負」。続々と野次馬が集まり、菊之助と作兵衛の決闘が始まる。ややあって、菊之助が作兵衛を倒し、作兵衛の生首を高らかに掲げた。その見事な仇討ちは多くの人に称賛された。
木戸芸者の一八はその仇討ちを目撃し、語り継いでいた。そんな一八の元を一人の若い侍が訪ねてきた。侍は菊之助の縁者だと言う。そして仇討ちのことを詳しく聞きたいと言った。一八は当時の様子を話すが、侍はさらに一八のこれまでの人生についても聞かせてくれと言う。一八は女郎の子供だった。男として生まれた一八は、吉原では生きにくく、幼少期は女のふりをして、女郎の隣に、ただ座って付き添っていたという。そこから一八はどうやって芝居小屋へとたどり着いたのか…。
侍は、一八だけでなく、立師の与三郎、女形の衣装係のほたる、小道具職人の久蔵(と妻のお与根)、筋書の金治を訪ねる。それぞれに仇討のことや、これまでの人生について聞いて回ったのだ。そして、ついに仇討ちの真相が判明する。
当時、物語の舞台の芝居小屋は「悪所」と呼ばれていました。流れ者がやってくる場所。世の中から見放されたり、はじき出された人の集う場所です。差別されたり、蔑まれている人々が辿った人生が、物語の根底を成しています。また芝居小屋で働く動機や情熱が描かれていました。芝居小屋で生き、働く人たちは、人生の辛さや割り切れなさを知悉していて、とても魅力的でした。
物語中、印象に残ったセリフの幾つかを紹介します。
「いいなあ…お前さんの世間は、平ったくていい。実際の世間ってのは、階段みたいになっていて…」。
差別を嫌悪し、威張ったり、威張られたりすることを好まない人に向けての賞賛の言葉です。そうですね。人の存在が平等で、平べったい場所は、気楽で居心地がいいです。
「面白がる言うんは、容易いことやあらしまへん。面白がるには覚悟が要るんです」。
自分の可能性にかけ、独自で何かをやっていこうとする人の決意の言葉です。そして他人の覚悟を面白半分に評するのは無粋です。一体、何がわかるというのか。心のままに生きていくには覚悟が必要です。
さて、この物語のラストシーンでは、仇討ちの真相が明かされます。以下は、これからこの小説を読む方は読まないほうがいいかと思います。
実は作兵衛は死んでおらず、全てが芝居でした。作兵衛はいい人で、菊之助は子ども頃から、彼に助けられていました。乱心した菊之助の父が、息子の菊之助を殺そうとしたところを助けたのも彼でした。
しかし、武士の無粋なしきたり故に、菊之助は作兵衛に仇討ちをすることになってしまいます。仇討ちを決行しないと故郷へ帰れない掟がある中、菊之助は苦悩します。「親切な作兵衛を殺すことなんてできない」。そして、その真相を知った芝居小屋の人たちが、仇討ちをでっちあげようと提案しました。「無粋を許さず、粋に生きる」というのが、「悪所」に集う人間の心意気です。こうして芝居のプロである者たちが集まり、知恵を出し合い訓練を重ね、当日の見事な仇討ちの「芝居」が実行されたのでした。
読後感はとても爽やかです。
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