八百屋の長兵衛さん
温野菜の美味しい季節ですね。というわけで今日は八百屋さんの話しです。
明治時代、八百屋を営む長兵衛さん(本名 斎藤長吉) がいました(実話です)。
長兵衛さんは通称を「八百長(やおちょう)」といいました。大相撲の年寄・伊勢ノ海と囲碁仲間でした。囲碁の実力は長兵衛さんが優っていましたが、『八百屋の商品を買ってもらう商売上の打算』から、一勝一敗になるように手加減した碁で機嫌を取っていました。
しかしある日、長兵衛さんは、碁会所開きの来賓として招かれていた本因坊と互角の勝負をしたため、周囲に本当の実力が知られてしまいました。長兵衛さんが伊勢ノ海に施していたのは、相手には秘密の接待碁でした。しかし、その後、真剣に争っているようにみせながら、事前に示し合わせた通りに勝負をつけることを、「八百長」と呼ぶようになりました。
あれっ、この話を読む限り、「八百長」とはそんなに悪いことだとは思えません。
同じ職業を生業としている人同士が、話し合い(談合)で勝敗を決めるのはダメですが、それとは違います。相撲を専門とする人と野菜を専門とする人が、趣味の囲碁をしていたにすぎません。
なにより、長兵衛さんが心に決めた勝敗の行方であり、大相撲の年寄・伊勢ノ海は知らなかったことです。現在の八百長(事前に示し合わせた通りに勝負をつけること)ではありません。
なぜこんなことになったのか。長兵衛さんが可哀想に思います。
今日の切り絵は碁盤(のつもり)です。
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