長崎・出島を訪れて!(長崎旅行⑩)
「あれっ、出島は、海に飛び出ていない!」。新鮮な驚きでした。現在の出島は、水をたたえた堀に囲まれていますが、街中にあります。でも出島といいます。てっきり海沿いにあるものと思っていました。「でも、出島自体が当時の埋め立て地だったのだから、やがてこうなる宿命だったのかな」と納得しました。
1636年に築造された出島は、1859年まで218年間に渡り、日本で唯一西欧に開かれた窓として、日本の近代化に貴重な役割を果たしました。
その間、今ではすっかり日本語化している、外来語が日本に入ってきました。その幾つかを紹介します。
ポルトガル語では、カステラ、タバコ、カルタ、ボタン、テンプラ、ベランダなど。オランダ語では、ラケット、ペンキ、ガラス、カメラ、ソーダ、コーヒー、チョコレート、ハム、インフルエンザなど。オテンバ(お転婆)というのもオランダ語だそうです。
徳川幕府の、鎖国政策の歴史的評価は難しいですね。キリシタン弾圧から鎖国につながり、そして日本の孤島化を招いたといえば、負の遺産です。しかし、世界的に見れば西洋列強の大航海時代。日本が植民地化される恐れを遠ざけ、300年の安泰を得たというのは、鎖国の恩恵もあったと思います。
今日の写真は、出島の正面玄関と、現地で説明をしてくださった当時の服装をしているガイドさん(無料)です。
出島の復元は100年計画。完成まであと25年もかかるそうです。それまで元気でいて、また訪れたいなあ。
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