漢詩『飲酒』
お客さんのいないとき、一人で丸窓から外をボーッと眺めていると、高校のとき、教科書に載っていた漢詩『飲酒』を思い出します。作者の陶淵明(とう・えんめい 363年~427年)は41歳で官職を辞め、故郷に戻り農業を始めます。隠遁生活を愛し、詩や酒を愛し、悠々自適で暮らしたようなイメージがあります。でも、必ずしも安泰ではなく、お金に事欠くこともしばしばあったそうです。この詩は一見、のんびりとした様子が窺えますが、悲哀も感じられます。やせ我慢ですね。親近感が湧きます。楽なことってありませんよね。今日は、その書き下し文と現代語訳を紹介します。
『飲酒』
廬(いおり)を結(むす)びて人境(じんきょう)に在(あ)り
而(しか)も車馬(しゃば)の喧(かまびす)しき無し
君に問う 何(なん)ぞ能(よ)く爾(しか)ると
心 遠ければ 地(ち)自(おのずか)ら偏(へん)なり
菊を采(と)る 東籬(とうり)の下(もと)
悠然(ゆうぜん)として南山(なんざん)を見る
山気(さんき) 日夕(にっせき)に佳(よ)く
飛鳥(ひちょう) 相(あい)与(とも)に還(かえ)る
此(こ)の中(うち)に真意(しんい)有(あ)り
弁(べん)ぜんと欲(ほっ)し已(すで)に言(げん)を忘(わす)る
【現代語訳】
私は人里の、粗末な小さな小屋に住んでいて、役人たちの車馬の音に煩わされることはない。
「どうして、そんなことがありえるの?」とあなたは尋ねる。
「私の心が世俗離れしているから、住む場所も辺鄙な場所のように思えるのだよ」と私は答える。
東側の垣根に咲いている菊の花を手折り、ゆったりした気持ちで、ふと頭をもたげると、南方はるかに廬山のゆったりした姿が目に入る。
山のたたずまいは夕方が特にすばらしく、鳥たちが連れ立って山のねぐらに帰っていく。
こんな暮らしの中にこそ、真意はあるのだ。
それを説明しようとしたとき、もう言葉を忘れてしまっていた。
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