“じいさん”について
今日は敬老の日。私の母方の“じいさん”の話しをします。彼は趣味人でした。一生、定職に就くことはありませんでした。もちろんお金に困る人生でした。賭け事が好きで、「舟を見にいくか」と幼い孫の私を、競艇に連れ出しました。自分が遊びに出かける口実に、私(孫)を利用していました。
自称、“俳人”でした。俳句を作っていたそうですが、「空襲で全部焼けた」と笑っていました。
三味線の腕前はプロ並みでしたが、空襲の際、指が欠損し、右手の指は3本でした。器用だったのだと思います。しばしば、近所の人を集めて浪曲をうなっていました。
飲み屋で、のべつ幕無しに、根拠もないのに、「あなたは私の遠縁だ」と言うのが好きでした。淋しかったのでしょう。あるとき、いつものように、そう話しかけた人が、重篤な傷害事件を起こしてしまいました。「やっぱり、あの人は親戚じゃない」と笑っていました。
戦後の混乱期、生活のために、“ばあさん”がしばしば自宅で賭場を開いていました、たまに警察が来て、大変困った事態になりました。そんなとき、連行されるのは“じいさん”の役割でした。「じいさんが少しの間、家にいなくても、さほど困らないだろう」という家族の合理的判断です。私の母を含め、子どもたち5人は「お父ちゃんを連れていかないで~」と泣くのが仕事だったそうです。
親子丼も作れないのに、定食屋を開いたことがあり、半年でつぶれました。
私は“じいさん”が大好きでした。今も、ひどく落ち込んだりすると、“じいさん”を思い出します。すると、何とも言えない安堵感を覚えます。
今日の切り絵は、三味線です。
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